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第4話「フィオラの想い」

last update Last Updated: 2025-11-13 17:52:29

 セリュオスとフィオラは鬱蒼うっそうと茂る森の中を進んでいた。

 視界は木々の枝葉に覆われ、陽の光はほとんど地に届かない。

 落ち葉に埋もれた獣道のような細道を踏みしめるたび、靴底に湿り気がまとわりつく。

 そんな心細さを抱えながらも、彼は目の前を歩くエルフの背を見失わぬように注意していた。

「……本当に、こっちで合っているんだろうな?」

 気まずさを紛らわすように声をかけると、フィオラはぴたりと足を止め、振り返りもせずに言い放った。

「文句があるなら一人で歩きなさい。私はあなたを導いているわけじゃない。ただ、私が帰る道を歩いているだけ」

 その声音にはとげがあった。

 セリュオスは苦笑するしかない。

 ――彼女がいなければ、到底この迷宮のような森を抜けることなどできないのだから。

「別に疑ってるわけじゃないんだ。ただ……ずいぶん、静かすぎると思ってな」

「静か? 森なんていつもこんなものよ」

 フィオラは肩越しにちらりとにらみ、再び歩を進める。

 しかしその言葉の端に、かすかな迷いが混じっていることをセリュオスは感じていた。

 鳥のさえずりも、虫の羽音さえも聞こえない。

 森という生き物全体が息を潜めているような、不気味な沈黙が辺りを包んでいた。

 やがて二人は開けた道に出た。

 空気が一段と重くなり、鼻を突くような焦げ臭さが漂ってきて、セリュオスは眉をひそめる。

「……煙の匂いがするな」

「煙……? まさかっ!」

 すると、一目散にフィオラが駆け出した。

 セリュオスも慌てて後を追う。

「だから、早いって!」

 枝が頬をかすめ、つたが足に絡みつくのも構わず、彼女はただ前だけを見て走っていく。

 セリュオスは微かに視界に入って来るフィオラを見失わないようにするだけで精一杯だった。

 ほどなくして木立の間から視界が開け、そこに現れたのは小さな集落だった。

「集落……?」

 崩れ落ちた柵。

 黒くすすけた壁。

 何かに破壊されたような家々の中は荒らされた形跡だらけだった。

 地面には血の跡や、争った際についたであろう深い爪痕が残っていた。

 生活の匂いは跡形もなく、代わりに漂うのは焦げた木材と鉄の錆のような臭い。

 その集落は完全にもぬけの殻となっていた。

「……そんな……」

 フィオラの足が止まる。

 弓を握る指が震え、その声もかすれていた。

 彼女は何の変哲もない小道をただ見つめている。

「……私が……もっと早く戻っていれば……!」

 フィオラは地面に膝をつき、拳を強く握りしめた。

 爪が掌に食い込んで血がにじむのも構わず、ただ自分を責め続ける。

 唇はみ切れそうなほどに結ばれ、瞳は悔恨に濡れていた。

 セリュオスは彼女の背を見つめ、言葉を失った。

 これまで見てきた態度からは想像もできないほど、フィオラは小さく、弱々しく見えた。

 勇ましさの裏に隠れていた、本当の彼女の姿がそこにあった。

 しかし、セリュオスはまだ声を掛けられずにいた。

 ただそっと歩み寄り、荒らされた家々を見渡す。

 どの家も徹底的に漁られた痕跡はあるが、死体は一つとして残されていない。

 ――つまり、集落に住んでいた者たちは余すことなく攫われてしまったということだ。

 セリュオスは拳を握りしめ、深く息を吐く。

 そしてゆっくりと、項垂うなだれるフィオラの肩へと手を伸ばした。

 肩に置かれた手に、彼女は弾かれたように顔を上げ、セリュオスの真剣な眼差しとぶつかった。

「皆、攫われてしまったんだろうな。……死体が一つもない。それは、まだ生きている希望があるということだ」

 セリュオスの声は静かだったが、不思議と確信に満ちていた。

「だから――助けに行こう。俺と一緒に」

「……あなたと? なんで?」

 フィオラの眉間にしわが寄った。

 悔しさと戸惑いが入り混じったような声だった。

「責任を感じているなら、取り戻せばいい! だが、こんなことをするのは、おそらく魔王軍だ……。お前一人の力では無理だろう」

「魔王軍だからって関係ないわ! 私が一人でみんなを助け出せばいいだけでしょう……!」

「だから、俺も手を貸すと言っているんだ!」

 セリュオスの言葉は強く、フィオラに真正面からぶつけられる。

 だが、フィオラは唇を固く結び、首を横に振った。

「……あなたはあなたで勝手にすればいいだけ。私は私で行く。あなたの手なんか借りるつもりはないわ!」

 セリュオスはそれ以上フィオラに言葉を掛けることはしなかった。

 ただうなずき、崩れた家々の残骸から薪を集めることにした。

 そして、夜はすぐに訪れた。

 き火のぱちぱちと爆ぜる音だけが、二人の沈黙を埋めている。

 セリュオスは何も言わず剣を磨き続け、フィオラは炎の向こう側に座っていた。

 だが、フィオラは黙ったまま焚き火から離れ、音もなく森の中へ歩き出した。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

【フィオラ視点】

 やがて、フィオラは大きな木の幹に手を掛けていた。

 この木は幼い頃、妹分のイヴェリナやクイラと競うように登ったものだった。

 今は彼女一人で、枝を頼りに上へ上へと登っていく。

 やがてこずえに出ると、眼下には闇に沈んだ集落の跡が広がり、頭上には大きな満月が浮かんでいた。

 銀色の光が彼女の髪を淡く照らす。

 フィオラは立派な枝に腰を下ろし、月を仰いだ。

 胸の奥に押し込めていた声が、静かにあふれ出した。

「イヴェリナ、クイラ……」

 自然と思い出される二人の無邪気な笑顔。

 フィオラの弓を真似て二人が楽しそうに遊んでいた姿。

 二人は村の誰よりもフィオラを慕ってくれていた妹分だったのだ。

「私が外に出てしまったから……私が強さを求めてばかりで村の守りを疎かにしてしまったから……だから、守れなかった……」

 爪が掌に食い込み、涙が頬を伝う。

 けれど同時に脳裏によみがえるのは、あの時セリュオスが言った言葉だった。

 ――責任を感じているなら、取り戻せばいい。

「……私一人の力じゃ……二人を取り戻すことはできないって言うの?」

 彼女は小さくつぶやく。

 それは決して認めたくなかった真実でもあった。

 だが、魔王軍との戦いとなれば、勇者以上に心強い仲間などいるわけがなかった。

 月明かりの下、フィオラはようやく心の中でセリュオスの存在を肯定した。

 見上げる満月は決して揺るがない。

 その光を胸に受けながら、フィオラは深く息を吸い、瞳の涙を拭った。

「待ってて……私が必ず助けるから」

 枝の上で決意を固めた彼女の表情は、昼間とはまた異なる確かな力強さを帯びていた。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 夜が明け、森を抜ける小道に淡い霧が立ちこめていた。

 鳥のさえずりが静かな森に響く中、セリュオスは焚き火の残り火に新しい枝をくべていた。

 枝の上で夜を過ごしたらしいフィオラは、やや乱れた髪を手で払って地上に降り立った。

 そこでちゃんと眠れたのかは疑わしいが、その表情には決意が宿っているように見えた。

「……早いんだな」

 セリュオスは振り返って、目を細めた。

 すると、傍まで来たフィオラは腕を組み、そっぽを向いたまま言った。

「勘違いしないでよ。あなたの手を借りる気はない。……でも、偶然行き先が同じだから、魔王城までは私が案内してあげる」

 セリュオスは目を瞬き、やがて口元に微笑を浮かべた。

「なるほど……。じゃあ俺は、勝手に魔王軍と戦って勝手に捕まったエルフたちを助ける。ただ、お前が横にいるだけだと?」

「……まあ、そういうことね」

 フィオラは冷たく言い放ちながらも、その顔はどこか吹っ切れているように見えた。

 セリュオスは腰の剣を確かめ、炎の残り火を靴で踏み消す。

「それなら、出発しようか。足手まといになるなよ、フィオラ」

「ふん、そっちこそ。森の中でちゃんと私について来れるかしら?」

「そこはちゃんと道案内してくれよ? ……え、してくれるよね?」

 フィオラは軽く弓を掲げ、朝日を背に歩き出した。

 その背を追うように、セリュオスも森の道へと踏み出す。

 霧が少しずつ消えていく中、二人の影は僅かに離れていながらも並んで伸びていく。

 まだフィオラが素直になることはない。

 だが、確かに二人は同じ方向を目指して歩き始めていた。

(――イヴェリナ、クイラ、そして村の仲間たちを、必ず私の手で取り戻す。そのために、今はこの勇者と肩を並べるだけ)

 フィオラは心の中でそう誓い、森の奥へと足を進めていった――。

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